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腐女子解体新書

腐女子による腐女子のための腐女子考察

イエス!モブおばさん

お久しぶりです。1年ぶりですね。
そうです。私も他のブロガーさんの類に漏れず、複数ブロガー使いです。


運営してるブログは現在、五本の指では足りません。当たり前ですが更新は偏ります。
そして、このブログが放置になったのはそうした事情のせいです。


そんな私ごとはどうでもよく、このブログは何故か定期的に夢女子さんの間で取り上げられ、フルボッコの刑にされているようですが、私は夢女子さんを一度も中傷したり批判したことはありません。
しかし恐らく夢女子さんには、気に入らないところが多々あるのでしょう。
ならば、好きなだけサンドバッグにしてくれと思います。


当ブログでかつて(そして今も)批判しているのは「夢嫌いorアンチ夢女子を公言しながら、お前のそれはどう見たって、受けちゃんに自己投影してるだろとしか思えない腐女子」です。つまり、敵は一貫して同類である腐女子の中にいます。そこだけは誤解なきようお願いします。

さて。
年の暮れですが、ここ数年の流行りである「モブおじさん」について、前々から思っていることを書きます。


この「モブおじさん」とかいうやつ、腐女子がよく自称したり、憑依(?)する対象らしいのですが、あえて言おう。
私は「モブおじさん」が嫌いです。


何故わざわざ性転換しなくてはならないのか。
「モブおばさん」ではダメなのか?
性転換しなくては、モブになれないという理屈は自己否定的な欺瞞ではないのか。


私は「モブおばさん」にしかなりません。
女は年をとると、ショタコンになり、マゾになります。これは私の考えではありません。受け売りです。
もっとも敬愛し尊敬する女性作家が、ひたすら主張してました。
私はその主張に感動しました。イエス、その通り!


女はババアになるほど、少年を追いまわす。少年に対してだけ、おばさんはサディストになれるから。男になる前の非力な少年なら勝てるからです。


しかし同時に、ババアになるにつれ、マゾの意味も理解するようになる。
時とともに醜く衰えていく肉体や容貌に対し、自虐に走るようになる。もっと殴って、罵って、踏みつけて、あざけって。
その代わり、男の子には好きなことさせてもうんだからあな「モブおばさん」。


なんて、素直に自身を受け入れている姿なんだろう、モブおばさん!
イエス!モブおばさん。


つまらん腐女子が「自カプを眺める時はモブおじさんになる」と言えば「自カプを眺める時はモブおばさんになる」と言う。


私は自カプを眺める時に性転換などしない。
ありのままの姿で、モブおばさんになる。


モブおばさんになる勇気のない腰抜け腐女子はモブおじさんどまりでしょうが、ありのままの自分を受け入れ、冴えない姿で自カプをガン見するモブおばさんを、私は応援したいのです。

美しい魂とブルドーザー

「喜ぶ人より不愉快に思ったり、そのつもりはなくても無意識に傷つけてるかもしれない」を前提に作品を描くことが多いので、褒められたりすると、予想外すぎて困ってしまいます。
下手に批判慣れしてるので、悪口程度なら言われても気にしないくらいに神経が図太いせいもあります。あと被害妄想というより、嫌われ者だと勝手に思い込む癖があります。


ですが、世間を見渡すと逆の腐女子の方が圧倒的に多い。
同人誌は自己満足の塊の筈なのに、他人の評価に振り回される人がものすごく多い。
作品で人を幸せにすることが、たやすくはないように、当然、自作もそう思って描いています。反応や感想がないのは当たり前。ないのは、人の心に響かなかった自分の力不足のせい。そう思えば悩む必要もない。
単に私が叩かれ慣れしすぎているだけかもしれませんが、世の腐女子は圧倒的に叩かれた経験の方が少ないのだと思います。


ところで、人の作品を悪く言う人ほど自分の作品を貶されると発狂するのを何度も目の当たりにすることが多く、その度に結局この人にとって他人を貶すことは、全て自己愛からくる妬みと嫉妬なんだなあと思ったりするわけです。


なんて醜く、美しくないのだろう!


私はBLが「お耽美」と呼ばれてた頃から接してた人種ですから、美しくないものは許せないです。特にこういう醜い豚みたいな思考。


論理的に考えると、自分を悪く言う人に発狂する場合、その主張は「万事どのようなものも他者によって貶されてはならない」といった素晴らしい博愛精神が根底になくてはならない。
これは美しいですし矛盾もない。
ですが、実際庇うのは自分だけという点で、単に醜い自己愛でしかなくなるわけです。


もっとも私自身は美しい魂の持ち主ではないので、好きになれない作品も嫌いな作品も山ほどありますし、オフでは愚痴ったりもします。
人の作品を悪く言う以上、自分の作品も貶されてるのは当たり前、貶されれば必然として流します。


自作を悪く言われて発狂する人は、その自己矛盾から脱却するために、全ての作品の好き嫌いの概念を捨てるか、それが無理なら私のように、好き嫌いがある以上、自身も悪く言われることを承知した上で悪口を言うべきです。


どうしてこんなことを書いたかと言うと、矛盾した性格の人は自己愛と自尊心のせいで、必ず人に迷惑をかけるブルドーザーだからです。

素直になれない君が嫌い

久々の更新です。普段は別垢でログインしているので、長らく放置してましたが、また少しずつ書きためていたことを吐き出していきたいと思います。


前記事でも触れたように、このブログは私の個人的主観に基づく意見(あるいは普段感じている文句やら愚痴)でしかありません。ただ、口汚い言葉で罵倒するのは好きではないので、理由も説明しつつ、好きではないと意見したり、分からないと言ってみたりしてるだけです。


それはいたって極私的なもので、誰の総意でもありません。同意見ですという人がいたら、単にその点においては意見の一致があったというだけのことです。


前記事にある「ドリ腐」といった造語のせいか、あたかも私が夢全体を馬鹿にする夢アンチと誤解されたような夢書きさんの意見を見受けたのですが、読めば分かるように、私が言ってるのは「夢を否定しながら、夢思考の作品を書いたり読んだりしてる、自己欺瞞腐女子」を「ドリ腐」と呼んで揶揄してるのであり、自他ともに夢好きを自覚し公言している夢好きさんを批判してはいません。
そこを取り違えられると誤解も甚だしいので、改めて書かせてもらいます。


自分の趣味嗜好に素直じゃない腐女子、事実を正直に認めない腐女子、斜に構える高尚腐女子が好きじゃないのであり、夢を馬鹿にしながら、書いてるものはどう読んでも、実際のキャラとかけ離れた受けor攻めに自分を置き換えてるだけのBL二次創作が好きではない、と言ってるだけです。


なので、夢そのものは批判も否定もしてません。自分は、確かに夢的な発想がない、あるいはできない、故に夢の良さが分からないというのは認めますが、分からないからこそ、批判もしませんし、批判する権利もないと思っています。


自分に夢思想がないのは、腐女子になった頃、夢というジャンルも概念もなかったこと、そして腐女子になるきっかけとなった作品が、今も大きく影響しているのではないかと分析しています。


これは00年以降腐女子になった世代との、断絶とも呼べる世代の違いとしか言えませんが、これに関しては改めて後日書きます。